世界中のファンの虜、マイセン陶磁器シリーズのご紹介
本日もご覧いただきありがとう御座います♫♫
アンティーク食器専門通販取扱店
博多アンティーク店長の加寿美です(*^^*)
世界中に名の知れ渡っているマイセン陶磁器シリーズ💕
今回はそのマイセン陶磁器のデザインの中でも特に世界中のファンを惹きつけている
特筆なデザインをご紹介しましょう(^^)♩
◎アラビアンナイト(Tausendundeine Nacht)
18 世紀に活躍した絵付け師の大家ヨハン・グレゴリウス・ヘロルト
(Johann GregoriusHöroldt)に因み、20 世紀のヘロルトと呼ばれる
ハインツ・ヴェルナー(Heinz Werner)が絵付けしたアラビアンナイト♫
この最初のアイディアを生み出した当初、
彼はこのようなデザインがサクセスストーリーになるとは想像できなかったでしょう👀!
ヘロルトからヴェルナーまで、マイセン陶磁器が長年に渡って
著名なデザインを生み出したことは、
常に新しい色彩とその組み合わせを生み出したことをはじめとした、
弛まない発展と変化を続けてきた結果なのです(*^^*)
アラビアンナイトの絵付けが施されたアフタヌーンティーセット
アラビアンナイトの絵付けが施されたプレート
アラビアンナイトの絵付けが施された香水瓶
アラビアンナイトの絵付けが施された陶磁器
◎スワンサービス(Schwanenservice)
スワンサービスは、ポーランド王国兼ザクセン公国の首相を務めていたグラフ・ハインリッヒ・フォン・ブリュール(Graf Heinrich von Brühl)の命により完成された、豪華な陶磁器モデルです(^_^)
この造形的な作品は、ヨハン・フリードリッヒ・エバーライン(Johann Friedrich Eberlein)とヨハン・ゴットリープ・エーダー(Johann Gottlieb Ehder)からの援助を受けていた陶磁器製作者ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(Johann Joachim Kaendler)によるもので、合せて2,200 もの装飾からなるスワンサービスは、18 世紀において非常に大きく発展したモデルです💕
スワンサービスのアフタヌーンティーセット
スワンサービスのチューリン
◎ピンクローズ・イエローローズ(Rote Rose ・Gelbe Rose)
古代から赤いバラは愛そして喜びのシンボルとみなされてきました👀!
キリスト時代には、バラは無垢そして清らかさを意味していました(^_^)
そしてバラの色そのものにも意味を持っていて、
赤は尊厳・真実・正義、黄色は親切・信仰を表しています(*^^*)
マイセン陶磁器に見られるバラのデザインは 19 世紀のビーダーマイヤー時代に初めて現れ、
当時から現在まで広く愛されてきました💕
絵付師は意図したデザインごとに花の色の濃淡の違いを見事に表現しています♫
著名なバラのデザインにはエレガンスな雰囲気が溢れていますが、
優しく咲くもトゲのある本物らしいデザインからは、愛らしい香りが漂ってきそうです(^_^)
おしとやかさとエレガントを合わせ持った「上品な花の王様」は
長い間マイセン陶磁器で咲き誇っているのです(*^^*)
ピンクローズのデザインがあしらわれたカップセット
ピンクローズのデザインを施した砂糖入れ・牛乳入れ
ピンクローズのデザインがあしらわれたお皿
黄色いバラのデザインがあしらわれたティーセット
黄色いバラのデザインを施したお皿
黄色いバラのデザインがあしらわれた小型花瓶
◎サマーナイトドリーム(Sommernachtstraum)
○「オベロン」
シェークスピア作の戯曲「サマーナイトドリーム」の登場人物である
オベロンのフィギュアは、マイセン陶磁器の陶芸家ピーター・シュトラング
(Peter Strang)がこの有名な舞台劇を好み、1960 年代後半に製作したものです(^_^)
妖精王オベロンは、魔法の飲み物が妻を眠らせたことを喜びました。
タイタニアは、起きた後傍にいた生き物に惚れます。
その正体は、魔法によって頭の形がロバになった職人ボトムでした。
この妖精王は愛の幻想を面白おかしく見守ったのでした。
オベロンのフィギュアはテーブルセット「花の舞(Blütenreigen)」の飾りとして完成させ、
観る人をうっとりとさせる生き生きさと軽快さを合わせ持っています♫
ピーター・シュトラングが構成を手掛けた「オベロン」
○「タイタニアとボトム」
オベロンと同じくシェークスピア作の戯曲「サマーナイトドリーム」の登場人物である
「タイタニアとボトム」のフィギュアは、これも同じくマイセン陶磁器の
陶芸家ピーター・シュトラング(Peter Strang)が 1960 年代後半に製作したものです(^_^)
妖精王オベロンの妻であるタイタニアは、ロバの頭をした奇妙な人間に近づき、
誰も非難することのできない恋をします。
彼女は、夫によって飲まされる魔法の飲み物の犠牲者になろうとは思いもよりません。
魔法の飲み物によって、起きて傍にいた、奇妙な生き物に惚れることになります。
その生き物の正体は、魔法に掛かった職人ボトムだったのです。
シュトラングは難しい形の造形を得意としていましたが、
風に流されるようなタイタニアの髪の毛も巧みに造形しました👀!
フィギュアの台座は魔法の森の中の植物、燃え上がる炎と白金の造景は
魔法の掛かった出来事の様子を見事に表しています♫
ピーター・シュトラングが構成を手掛けた「タイタニアとボトム」
◎中国風絵柄(Chinesische Malerei)・インド風絵柄(Indische Malerei)
16・17 世紀に欧州列強は初めて中国から欧州に陶磁器を持ち込みましたが、
マイセン陶磁器の中国風絵柄・インド風絵柄はその中国からヒントを得たものです(^_^)
中国の豊富な神話や伝説からヒントを得たマイセンの伝統的デッサンは、
欧州風の味付けを加えた独特なデザインとなっています(*^^*)
代表的なものとしては、龍の絵柄、中国風の花絵柄、
インド風の岩・花絵柄・枝絵柄が挙げられます♫
龍の絵柄があしらわれたティーセット
龍の絵柄があしらわれたお皿
緑基調インド風花絵柄のお皿
紫基調インド風花絵柄のお皿
紫基調インド風花絵柄のティーセット
◎ブルーオニオン(Zwiebelmuster)
マイセン陶磁器の中でも非常に著名なデザインの一つであり、
1739 年から製作されています♫
中国では明朝時代(1368 年~1644 年)既に果実が陶磁器のデザインとして描かれていました👀!
ザクセンの絵付師が、中国の陶磁器に描かれていた、実り・豊かさ・不死の象徴である
ザクロやボタン、竹を知らず、その代わりに玉ねぎをデザインしたことが
ブルーオニオンの始まりです👀!
当時ヨーロッパ上流階級の中国に対する陶酔が、このデザインの人気を確固たるものとしました💕
マイセン陶磁器で特筆すべきことは、下絵付けの技法です👀!
コバルトブルーの色彩は、陶磁器を素焼きした後、堅く見えるも、
脆く吸湿性のある陶磁器に塗ることになります(^_^)
陶磁器は絵具の色の吸収が早い故に間違いを修正することができないため、
絵付け師は筆を静かに動かさなければなりません👀!
絵付けが完了した陶磁器は再度高温度で熱され、
釉薬の下でブルーオニオンの絵付けがしっかりとしたものになるんです。
ブルーオニオンのお皿とティーセット
ブルーオニオンを基調とするも、カラフルで鮮やかなデザインのお皿
◎波の戯れ(Wellenspiel)
21 世紀に入ろうとする時、マイセンの陶芸家は新しいデザインで
世界のマイセンファンを驚かせました💕
マイセンの絵付師ザビーネ・ヴァクス(Sabine Wachs)指揮の下、
芸術的発展チームが 3 年をかけて新しいデザイン「波の戯れ」を完成させました👀!
ヴァクスは新しいデザインに詩的な名前を付けましたが、「波の戯れ」は、
古典的なマイセンの様々な要素を取り入れると同時に、現代的風潮も反映させました(^_^)
「波の戯れ」での波は容器の輪郭に流れていて、それぞれの陶磁器を優しい雰囲気に仕上げていて、
それと同時に、風で波立つ海とその波の起伏が陶磁器の表面を生き生きとさせています(*^^*)
「波の戯れ」のお皿とカップ
「波の戯れ」のろうそく立て
「波の戯れ」の植木鉢
◎Aカンテ
Bフォーム、Xフォームは知っているけどAカンテって初めて聞いたって
方も多いのではないでしょうか💖
Aカンテは、マイセンの中でも高級ラインの作品なんです☝️✨
そして、よーく見たときに金際の部分が何かの模様のように見えませんか👀❓✨
この金際の部分は、実は線を引いているだけではなくAの形をしているんです(*^^*)
これで名前の由来も分かりますよね✨
淵の部分をAの形で囲んでいるからAカンテという名前になったんですよ👍
◎Bフォーム
マイセンの中でも特に人気のあるBフォーム💓
ご存知の通りBフォームは装飾のランクがあります☝️✨
そのランクは3パターン(^^)♩
簡単に言うと・・・
最高級ラインのグランツゴールドと小花
小花の装飾がないシンプルなデザイン
小花を強調させているモデル
どちらも素敵で美しい作品です💓
一瞬で心を奪われてしまいます(*^^*)
人気の理由も納得できちゃいます👌✨
◎Xフォーム
Xフォームといえば、Bフォームに並ぶ人気の作品です(^^)✨
こちらも種類が3パターンあります☝️
グランツゴールド散らし小花
グランツゴールドホワイト
ルビー&コバルト
基本的にはホワイトが主流でルビー、コバルトは中々市場に出てくる事はないんです(>_<)💦
マイセンの中でも高級なラインに入るXフォームは、マイセンの入門編として、
初めて購入されてもきっと満足して頂けるではないかと思います☝️✨
いまや世界中に名の知れ渡っているマイセン陶磁器シリーズ💕
そのマイセン陶磁器のデザインの中でも特に世界に名を轟かせている、
『現代 5 人組』と呼ばれる絵付師をご紹介しましょう(^_^)✨
ハインツ・ヴェルナー(Heinz Werner)
ハインツ・ヴェルナーは 1928 年に当時ドイツ帝国ザクセン自由州の
コスヴィッヒ(Coswig) に生まれ、1943 年国立マイセン磁器製作所に職業訓練生として
陶磁器の世界に足を踏み入 れて以来、現代マイセン陶磁器の指導者となっています(^^)
彼は 100 以上の装飾を生み出し、今日までマイセン工房で最も多くの売上を誇っています👀!
ヴェルナーは、 1981 年からギービヒェンシュタイン城芸術デザイン大学
ハレ(Burg Giebichenstein Kunsthochschule Halle)の教授を務めながらも、
国内外からの需要に応える形で、国立マイセン磁器製作所にて 50 年間も職人として働いています(*^^*)
ヴェルナーはこう語っています☝️✨
「陶磁器の世界で働く人は、自身の名前が専門家や愛好家の間のみに留まることを気にしません。
『青い双剣(マイセン陶磁器のシンボルマーク)』の価値は陶芸家より遙か上なのです。」
ある町の様子を陶磁器に絵付けしたヴェルナーの作品
1998 年に作製されたヴェルナーの作品
アフタヌーンティーセットに蘭を絵付けしたヴェルナーの作品
ペーター・シュトラング(Peter Strang)
ペーター・シュトラングは、1950 年から 1954 年にかけて国立マイセン磁器製作所にて
蝋人形師としての技術を学び、1968 年からプラスチック技師として働きました。
1972 年には当時東ドイツより芸術的発展共同作業チームの一員として表彰を受け、
1976 年には芸術・文学者 3 級褒章を受章しました👀!
1993 年からは芸術的先導者として、
そして磁器製作所のプラスチックチーム長となりまし た(^^)✨
ペーター・シュトラングの著名作としては、
滑稽なシリーズのミュージッククラウン (Musikclown)、
タイターニア(Titania)、オベロン(Oberon)等が挙げられます(*^^*)
彼は伝統的マイセン陶磁器に影響を与えた人物であり、壁像・肖像・彫刻でも有名です👀!
シュトラングのミュージッククラウン
シュトラングのタイターニア
シュトラングのオベロン
ルディ・シュトレ(Rudi Stolle)
ルディ・シュトレは 1919 年に 3 人兄弟の次男として生まれました💓
彼は 1934 年にマイセン国立陶磁器製作所の絵付師コースと
国立芸術アカデミー・ドレスデンに通い、修了後は石版画家として働いていましたが、
1940 年に兵役に就きます。。。
1944 年にアメリカで一時的に捕虜となった後解放され、
1947 年からは国立マイセン陶磁器 製作所にて花柄絵付師として再び働き始めましたが、
この時はルードヴィッヒ・ツェプナ ー(Ludwig Zepner)や
ハインツ・ウェルナー(Heinz Werner)とも共同で作業しました(^^)✨
1977 年にはハンガリー、1981 年には日本へ研究旅行をしましたが、
日本を訪ねた際には神 戸や佐賀・有田を訪問しています👀!
シュトレは 1996 年に亡くなるまで芸術家として積極的に活躍し、
今日まで価値ある現代的作品として知られる印象的な絵柄を製作しました☝️✨
シュトレがヴェルナーと共同で絵付けした作品
ルードヴィッヒ・ツェプナー(Ludwig Zepner)
1931 年にポーランドのヴロツワフで生まれたルードヴィッヒ・ツェプナーは、
母と共に追 放から逃れて、マイセンにある難民収容施設に避難していました。。。
1946 年のクリスマスに彼が陶土を使って飾りつけを作ったところ、
施設長はその出来栄えに興奮し、「君は将来陶芸家になるべきだ」と語ったそうです👀!
ツェプナーは 1948 年~1952 年に国立マイセン陶磁器製作所付属の陶磁器専門学校で、
絵付け、モデルの組み合わせ方、石版、そして造形に至るまでの全てを学び、
その後ベルリ ン・ヴァイセンゼー美術大学(die Kunsthochschule Berlin-Weißensee)で学びました(^^)✨
ベルリンからマイセンに戻った彼は芸術的発展共同作業チームのリーダーとして働き、
彼の下で 30 年に渡って国立マイセン陶磁器製作所から「狩人のほら話」、
「アラビアンナイト」 等といった作品が生み出されました(*^^*)💕
ツェプナーの「狩人のほら話」
ツェプナーの「アラビアンナイト」
フォルクマール・ブレットシュナイダー(Volkmar Bretschneider)
フォルクマール・ブレットシュナイダーは 、
1944 年から国立マイセン陶磁器製作所に職業訓練生として入り、
1949 年の修了時には陶磁器絵付師として「優秀」の評価を受けました(^^)♩
彼は壁画部門で働く傍ら、国立マイセン陶磁器製作所内でのコンテストに参加し続け、
1975 年からは芸術的発展チームの一員となって仕事に従事しました。
1975 年 10 月には当時東ドイツより芸術的発展共同作業チームの一員として表彰を受けました👑✨
ブレットシュナイダーがヴェルナーと共同で
絵付けしたアフタヌーンティーセット
ブレットシュナイダーの「白い花にとまる蝶」