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イギリス食器 ミントン(MINTON)の歴史とマークの移り変わり

 2016/03/30 ミントン
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本日もご覧いただきありがとう御座います。

アンティーク食器専門通販取扱店

アンティークテーブルウェア店長の加寿美です。

 

2015年に惜しくも廃止となったブランド「ミントン(MINTON)」は、

元々イギリスの食器ブランドの中ではとても人気のあるブランドでした。

ですから、現在は希少価値も含まれる製品として、大変人気、希少価値の上がる

ブランド陶器品として品薄状態となっています。

 

※2015年ミントンの親会社が買収されWWRDグループホールディングスの一員となったためブランドは廃止となりました。

今後、このミントンは更に価値が上がる美術的製品と囁かれています。

 

今回はそんなミントン(MINTON)について、その200年の歴史からマーク(バックスタンプ、刻印)

の移り変わりについて紹介していきます。

 

ミントンの作品をお探しの方はこちらから

 

イギリス食器ミントン(MINTON)の歴史と作品の移り変わり

 

トーマス・ミントン(1765-1836)

 

ミントン社は銅版彫刻師、トーマス・ミントン(1765-1836年)によって1793年、

陶磁器の町として知られるイングランド、スタッフォードシャーの

ストーク・オン・トレントに創業されました。

そして、1793年に始まり、200年近く続く歴史を持つミントンは、

ストークの街でとても重要な企業であり、

19世紀には、ミントン社は大使や国家元首らのために

オーダーメイドされる食器類の一番の発注先にまでに成長していき、

これまで様々なスタイルで経営を続けてきました。

しかし、1858年に創業者トーマス・ミントンの息子ハーバード・ミントンが跡を継ぎ、

亡くなった後は、「ミントン」という社名は残りましたが、

それ以降ミントン家は経営には一切関わっていないのです。

まずは、その歴史の流れを紐解いていきましょう。

 

ミントンの歴史と作風・技法の開発

創業者のトーマス・ミントンは1793年にストークに移り住み「ミントン」を創業。

その3年後には窯を開きます。

銅版彫刻師であったミントンの作り出す作品は、

白地に青く染めたマジョリカ焼き、ボーンチャイナ、パリアン磁器など、

芸術性の高い磁器を生みだし、ヴィクトリア時代には際立った存在でした。

また、ミントン社は1798年以降からボーンチャイナの製造を開始しましたが、

このボーンチャイナは「世界一美しいボーンチャイナ」と世間に絶賛されています。

ミントン社は創業時から急成長していきます。

 

ミントンのマジョリカ 白鳥の花瓶

 

ミントンのボーンチャイナ デザートプレート

 

 

ミントンのパリアン磁器 ドロシア置物

また、ミントンを代表する「ウィローパターン」も

ミントンの手によりどんどん人気を博していきます。

 

ミントン ウィローパターン

 

1917年に描かれたウィローパターンのイラスト

 

息子ハーバート・ミントンの時代のミントン社

 

ハーバート・ミントン(1793-1858)

父トーマスが亡くなり息子のハーバート・ミントン(1793-1858)は社長として父の跡を継ぎました。

それまでのミントン社の主製品と言えば、陶器やボーンチャイナに装飾を施した実用性を重視した製品が殆どでした。

そこで、19世紀の著名な企業家としても知られる息子ハーバートは会社の発展と名声を何よりも優先した彼は、

多くの芸術家や熟練職人たちを集め※、

新しい技法や生産メソッドを取り入れ当時の定番だった形に豪華な模様を施すといった企業経営の面からも芸術性の面からもミントンの名声を確立させました。

また、1820年ごろからは人形や装飾用の磁器を多く生産するようになります。

そんな初期のミントンはフランスのセーブル焼きとよく比較され、大いに影響を受けたのです。

 

※その多くの芸術家や熟練職人たちの中には、

オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージンやヘンリー・コール卿、

アルバート公らは頼もしい協力者で、ミントンは彼らのデザインも取り扱っています

また、画家で彫刻家のアルフレッド・スティーブンズ、

フランスの彫刻家Hugues Protât と Émile Jeannest、

画家のジョン・シンプソンもミントンに雇われていたのです。

若く優秀な人材を採用し、大理石のような肌理を持つパリアン磁器や

金を立体的に盛り上げるレイズド・ペースト・ゴールド技法、

金の腐食を用いて陶磁器の表面に細かい模様を作るアシッド・ゴールド技法

などを発明し益々、ミントン社は大きく成長していったのです。

 

経理方針の対立の裏話

実はハーバートは新たな分野に乗り出そうと、父トーマスの反対を

押し切って陶製タイルの開発・製造に大金を投じしたと言われています。

当初その目論見はうまくいかず、トーマスの不興を買うことになります。

しかし後に、ミントンのタイル部門は一大事業となります。

 

『アシッドゴールドを使ったカップ&ソーサー』

アシッドゴールドを使ったカップ&ソーサー

 

初期の製品はあまり品質が良くなかった為、新しいボーンチャイナの開発に努め、

1804-06年にかけてより優れた製品を生み出すことに成功します。

 

トーマスが考案した「ウィロー・パターン(ブルー・ウィロー)」は、

中国を舞台にした悲恋物語を題材にした図案であり、白地に青の絵付けで柳の木、

楼閣と東屋、川に浮かぶ小舟、二羽の小鳥といったモティーフが描かれています。

シノワズリーが大流行した当時のヨーロッパで大人気となり、

様々なメーカーがこのパターンの食器を作りました。

 

『ミントンのシノワズリを取り入れたカップ&ソーサー』

『ミントンのシノワズリを取り入れたカップ&ソーサー』

 

1816年に一旦ボーン・チャイナの製造を中止しますが、1824年から再び製造を開始します。

このようにミントン社はハーバートが会社を継いだ当初から実用性よりも芸術性にこだわった、

経営方針から最大限の高価な食器類を製造してきました。

 

この当時のミントン社の歴史には、先にもお伝えしましたが、

名だたる絵付師や金彩師がその名を連ねています。

1832-47年にかけては、ブルーア期のダービー窯から

優れたアーティスト達がミントンに流れてきました。

作品には人物画・風景画の名手ジョン・シンプソン、

フルーツや花の絵を得意としたトーマス・スティールなどの名前が見られます。

 

 

ミントンタイルの秘密・サイドビジネスが大成功

1845年、ハーバート・ミントンはマイケル・デイントリー・ホリンズと提携し、

「ミントン・ホリンズ&Co」という社名でタイル製作のサイドビジネスを始めました。

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1840年代には世界中の施設や教会、さらには家の内装用に注文を受けるほどのトップ企業にのし上がります。

ハーバートは転写や装飾タイルを製作する技術を開発した第一人者となります。

ミントン社の耐久性があり装飾性の高いタイルは

ヴィクトリア時代には盛んに作られ、宮殿や国会議事堂にまで使われました。

 

そしてその後、ミントン社はさまざまなスタイルのタイルを生みだします。

そのデザインの多くはクリストファー・ドレッサーやウォルター・クレイン、

ジョン・モア・スミス、ウィリアム・ワイズなどの一流芸術家たちによるものでした。

レリーフ(浮き彫り)のタイルがミントンに導入されたのは1860年からのことです。

異なる色の粘土を表面に焼きこんだハーバートのタイル製作は大成功でした。

 

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1869年にミントンホリンズタイル会社のために建てられた、ミントン・ホリンズのタイル工場

英国の登録建築物GradeⅡに認定されていて(歴史ある建造物の証拠です)

現在は正面のみが残され、オフィスとして活用されています。

 

ミントンを躍進を支えた芸術家たち

1849年にはフランス人陶芸家レオン・アルヌーがアート・ディレクターを努め、

ルネサンス期の様式を復活させたマジョリカ陶器の展覧会で大成功を収めました。

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 レオン・アルヌー

フランスの陶芸家、レオン・アルヌーは1849年、

ミントンのアート・ディレクターに就任し1892年まで続けました。

彼の業績といえば、模様を表面にはめ込んだ陶磁器や

リモージュ磁器のスタイルで装飾された作品、色鮮やかなマジョリカ焼きなど、

ルネサンスの影響を受けた陶磁器の開発でした。

 

1851年の万国博覧会で初めて展示され、庭園の装飾品といった大きなものから

普段使いの皿や食器などの精巧な装飾部分など、幅広く使われるようになりました。

 

『金彩とプラチナを使ってハンドペイントで描かれた2匹の小鳥のカップ&ソーサー』

『金彩とプラチナを使ってハンドペイントで描かれた2匹の小鳥のカップ&ソーサー』

 

アルヌーのおかげで他のフランスの芸術家たちもミントンへとやってきました。

例えば彫刻家のキャリエール・ベリューズや模型製作者で装飾家のマルク・ルイ・ソロン、画家のアントワーヌ・ブルミエールなどです。

 

パテ=シュール=パテ技法の確立

そして、フランス、セーヴル窯から招いたデザイナーのマルク・ルイ・ソロンにより、

パテ・シュール・パテ技法を完成させます。

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マルク・ルイ・ソロン(1835-1913年)

ソロンはセーブルでパテ=シュール=パテの技法を確立したのち、

それをミントンに導入しました。

彼の新しいプロセスとは、液体状のスリップ(水と粘土を混ぜたもの)を

何層にも重ねて浮き彫り状するという、大変な労力のいるものでした。

というのは、そのスリップの重ね塗りは一度ずつ乾かしながら行わなければならなかったのです。

 

この技術を使ってソロンと弟子たちは、

薄い布をまとった少女と宙を舞う天使のモチーフを花瓶や額縁につけました。

これは当時、他のどの窯も持ち合わせなかった技術でした。

これは液体状の粘土を塗り重ねたレリーフの技法で、極めて装飾性に富んだものでした。

釉薬をかける前にエナメルでなく白い粘土を重ね塗りする装飾技術のことです。

ミントン社は19世紀でパテ=シュール=パテの技法を使えるイギリスで唯一のメーカーでした。

 

『パテ・シュール・パテ技法を使ったの陶版画』

パテ・シュール・パテ技法を使ったの陶版画   パテ・シュール・パテ技法を使ったの陶版画 パテ・シュール・パテ技法を使ったの陶版画 ルイ・ソロンのサイン

1840年、ミントンを訪れたヴィクトリア女王の注文で製作された作品が

「エグゾティック・バード」です。金彩に縁取られた紅色の中に、中国風の

白い鳥の絵が配されたこのカップは、前述のアシッド・ゴールド、

レイズド・ペースト・ゴールド、パテ・シュール・パテの三大技法が駆使された

他に例を見ない作品です。

 

ヴィクトリア女王はミントンのカップを「世界で最も美しいボーンチャイナ」と賞賛しました。

1856年からは王室御用達となっています。

ミントンの芸術的な作品には、「アーガイル」「ダイアデム」などの

シリーズがあります。

いずれも、ミントンの優れた金彩技術を駆使した逸品です。

その他にも、造形の優れたマジョリカ釉の陶器、

イギリス窯では他に見られることの少ないガラス釉の陶器などがあります。

これらの陶器には、ガラス釉の絵付けの後にエナメルを乗せ、ガラス釉が

溶け出す高温で焼くことにより、ガラスとエナメルを一体化させる技法が用いられています。

 

ミントン社三代目 コリン・ミントン・キャンベルの時代~

 

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コリン・ミントン・キャンベル(1827-1885年)

1858年のハーバートの死後、ミントン社はハーバートの甥にあたる

コリン・ミントン・キャンベルが会社の跡を継ぎました。

 

彼もハーバートと同じく大胆で革新的なリーダーで、

1860年代、ミントン社ではオリエンタル調の装飾が主流となり、

陶磁器やボーンチャイナ製のかなり独創的な作品でも、

中国の七宝や日本のうるしに象牙、

イスラムの金属細工にトルコの陶器などを感じさせるものが多く制作されました。

 

パリアン磁器をもっと知ろう

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1876年 ジョン・ベルによって製作 「寓意ウナとライオン」(ミントン社三代目の時代)

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1859年 ジョン・ベルによって製作 「ドロテア」(ミントン社二代目の時代)

 

ミントンは最も美しいといわれるパリアン磁器を産みだしました。

釉薬をかけない、大理石のような陶磁器が1840年代に開発され、

彫像製作に採用することで成功を収めました。

 

ジョン・ベルやアメリカ人のハイラム・パワーズ、

アルベール・キャリエール・ベリューズらがミントンで彫像を製作しました。

 

過去、現代の彫刻家たちによる、

実像よりも小さいけれど以前よりも大きな作品がパリアン磁器で製作可能となりました。

時によって釉薬をかけ、さらに装飾を施したボーンチャイナを組み合わせて作られることもあったそです。

 

 

1870年には、ミントンの芸術陶芸工房がロンドンのケンジントンに作られ、

画家のW.S.コールマンが指揮しました。

 

これは、アマチュア・プロどちらの芸術家たちにも

ミントンの磁器やタイルに装飾をしてもらうためだったのです。

 

人気も影響力も十分のミントンだったのですが、

工房は1875年に火災で焼けた後、再建されることはありませんでした。

 

ミントンの素晴らしい装飾製作は20世紀に入っても衰えることはありませんでした。

 

1902年からは、スリップを素焼きに模様づけするマジョリカ焼きの手法が、

アールヌーヴォーにおけるミントンの代表的な作品になります。

 

お金がかかっても技術、芸術性を追い続けるミントンの力は、

ミントンの歴史の中でも経済的な柱となっているテーブルウェアの成功への敬意なのです。

 

アルヌーの息子レオン・ソロン(1872-1957年)とその同僚のジョン・ワズワース(1879-1955年)は、

アールヌーヴォー様式の作品を多く生み出しました。

 

『ハドンホールの作品』

ミントン ハドンホールのティーポット ミントン ハドンホールのカップ&ソーサーミントン ハドンホールのカップ&ソーサーの裏印(バックスタンプ)

ミントンの代表作、「ハドンホール」シリーズは、当時アートディレクターだったワズワースが、

イングランドの古城ハドンホール城の壁画とタペストリーにインスピレーションを受けてデザインしたものです。

その作品はファインボーンチャイナの白地に、十数色の絵の具で

パッションフラワー、カーネーション、パンジーなどの花々を描いた華やかで

可憐なデザインが用いられています。

 

またその作品には、1892年に発表された波打つようなフォルムの

「ファイフ・シェイプ」が採用されています。

カップ&ソーサー共に波目模様があります。

 

 

『ファイフ・シェイプのカップ&ソーサー』

ファイフ・シェイプのカップ&ソーサー

 

そして「ハドンホール」には、ブルーを基調とした「ハドンホールブルー」や、

格子柄の描かれた「ハドンホールトレリス」、白で模様の描かれた

「ダイヤモンドハドンホール」、ジョン・ワズワースの没後50年を記念して作られた

現代風アレンジの「ハドンホールセレブレーション」など、様々なバリエーションがあります。

 

 

『ハドンホールブルーのカップ&ソーサー』

ハドンホールブルーのカップ&ソーサー

 

ミントンの人気のシリーズには他にも、青一色の「ハードウィック」

 

『ハードウィックのカップ&ソーサー』

ハードウィックのカップ&ソーサー

 

野いちごのレリーフのカップ&ソーサー「ヴィクトリアストロベリー」

野いちごのレリーフのカップ&ソーサー「ヴィクトリアストロベリー」

 

英国の庭園に咲く花々をモチーフにした

「シークレットガーデン」

ミントン シークレットガーデンシークレットガーデンのマーク

 

日本の四季を表現した日本限定の

「フォーシーズンコレクション」

ミントン フォーシーズンコレクションのティーポット

 

 

ミントンの歴代マークの移り変わり

ここからははミントンのマークがどのように移り変わってきたのか

図解を見ながら詳しく説明していきます。

ミントンの歴代マークの移り変わり

 

ミントン・マークから、ミントンの陶磁器の年代を知る

 

ミントン・マークのスタイルは様々

ミントンの陶磁器に使われている「ミントン・マーク」は、200年の歴史の中で変化し続けてきました。

どんな風に変化してきたのか、詳しく見てみましょう。

しかし、ミントンには多くの芸術家たちがその陶器の制作に携わっています。

その時代に活躍した芸術家を知ることで自ずと、年代やマークの移り変わりがわかります。

特に、ハーバートの時代はタイル事業サイドビジネスで偉業を成しているため、やや複雑ですね。

ですが、この記事をご覧いただいた方でしたら時代背景がマークと合致するはずです。

1796年ごろ: Thomas Minton1824年~1836年ごろ: Thomas Minton
1800年ごろ: Minton, Poulson & Pounall1836年~1841年ごろ: Minton & Boyle
1801年~1802年ごろ: Minton Poulson & Co1841年~1845年ごろ: Herbert Minton & Co
1802年~1808年ごろ: Minton & Poulson1845年ごろ: Minton & Hollins
1809年~1817年ごろ: Thomas Minton1847年~1873年ごろ: Herbert Minton & Co
1817年~1827年ごろ: Thomas Minton & Sons1873年~1884年ごろ: Mintons
1824年ごろ: Thomas Minton & Son1884年ごろ: Mintons

 

ミントン陶磁器のアンティークマーク:

 

minton-1805-6

 

 

 

 

1805年~1806年ごろ
金箔を施したものにのみ使われていた、ブルーの色絵で付けたマーク。1805年以前は数字の前に”No.”が付いていましたが、1805年以降は数字のみになりました。

minton-1820s

 

 

 

 

1820年代ごろ
花柄を施した陶器にブルーの色絵で付けた、ドレスデンの十字剣を真似たマーク。

コールポートの陶器に間違われることもあったんだとか。

minton-1820-30

 

 

 

1820年~1830年代ごろ
イニシャルのMを取り入れた、ミントン・マークの1つ。いくつかバリエーションがありました。

minton-1836-41

 

 

 

1836年~1841年ごろ

Minton & Boyle時代のマーク。この時期にプリントされたマークには、イニシャルの”M & B”を用いていました。

minton-1841-73

 

 

 

1841年~1873年ごろ
いくつかバリエーションがあった中での1例。そのほとんどにイニシャルの”M & Co”が用いられていました。

minton-1845-68

 

 

c1845年~1868年ごろ
Minton & Hollins時代のマーク。この時期にプリントされたマークには、イニシャルの”M & H”を用いていました。

minton-1845-60

 

 

 

1845年~1850年ごろ
刻印もしくは押印で入れていた、初期のパリアン模様。製造年を表す暗号マークが並んでいることもありました。

minton-1850-70

 

 

 

 

1850年~1870年ごろ
特別なソフトグレーズのものに描かれていた「アーミン」マーク。最初にこのマークが付けられたのは、1850年5月、ゴッデン・コレクションです。

minton-1877

 

 

 

 

 

1862年ごろ~
押印されたマーク。1862年からはMINTON、1871年以降はMINTONSになりました。どちらも年を表す暗号マーク(詳しくは後述の表を参照)と一緒に用いられていました。写真のものは1877年12月を表しています。

minton-1862-72

 

 

 

 

 

1862年ごろ~
月を表すO(=10月)、年を表す暗号マーク(この場合は1875年)と、解読不可能なマークの3つが揃っている、押印された”MINTON”のマークの例。1876年のサインがあるかけらも見つかっています。

minton-1863-72

 

 

 

1863年~1872年ごろ
スタンダードなプリントマーク。地球儀の中央に”MINTON”と書かれた帯がついています。

minton-1873-12

 

 

 

 

 

1873年~1912年ごろ
“MINTONS”のスタンダードマークに王冠をあしらったもの。Englandの文字列は1891年以降、Made in Englandの文字列は1902年ごろからのものに見ることができます。

minton-1912-50

 

 

 

 

1912年~1950年ごろ
ミントンの新しいスタンダートなプリントマーク。王冠のデザインが変わっていること、地球儀が月桂樹の葉に囲われていることが分かります。このマークの下にENGLANDとあるものは、これ以前のものです。

minton-1951

 

 

 

 

 

1951年ごろ~
1951年から現在のミントンのマークが用いられるようになりました。写真を見ると、パターンの詳細やデザイナーのサインもあることが分かりますね。

 

1842年以降使われている、ミントンの暗号マーク(年別)

 

  18421843184418451846184718481849
 minton-year-1842 minton-year-1843 minton-year-1844 minton-year-1845 minton-year-1846 minton-year-1847 minton-year-1848 minton-year-1849
1850185118521853185418551856185718581859
 minton-year-1850 minton-year-1851 minton-year-1852 minton-year-1853 minton-year-1854 minton-year-1855 minton-year-1856minton-year-1857 minton-year-1858 minton-year-1859
1860186118621863186418651866186718681869
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1870187118721873187418751876187718781879
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1880188118821883188418851886188718881889
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1890189118921893189418951886188718881899
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194019411942       
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この暗号は、すごく解読したくなりますよね。
期会がありましたら、なぞ解きの答えを掲載していきたいと思います。

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妹尾 満隆

妹尾 満隆

合同会社SENOO商事の代表をしております妹尾満隆と申します。

ウェブという情報を発信してる人が見えてない中で、いろんな間違った情報がネット上にあるのを度々見かけます。

特にアンティークにおいては

・間違った情報
・信ぴょう性のない情報
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などたくさんの課題がありました。

そこで私は、これまでのお客様との取引の実績、知識、経験、情報を元に正しい情報をウェブを通して発信していくことを会社の方針と掲げました。

ただ物を売る会社ではなく、これまでブラックボックスとされてきてた商品の真贋の見分け方を発信するというのが大切なことではないかと思ったからです。

なぜならアンティーク品の場合は情報量の不足から、買い手側が圧倒的に不利な立場にあったからです。

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