コールポート(coalport)の歴史とマークをご紹介 イギリスで気品ある色彩で名高い古窯陶磁器ブランド
目次
本日もご覧いただきありがとう御座います。
コールポートショップ店長の妹尾です。
こちらではコールポートの作品を紹介しております( ^ω^ )↓
今日は朝起きて、コーヒーを入れて朝ごはんの準備をしている時に
『ピコン』
と、あるメールが届きました。
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昨日確かに商品を受け取りました。
しっかりと梱包してあり迅速に対応頂けてありがとう御座います。
このコールポートの作品を見ていると癒されてしまいますね。
時々贅沢したい時にはコーヒーを飲んだりして使っていますが落としちゃいそうで慎重に扱っています。
デミタスカップなので、そこまで場所も取らないし、もっとたくさんコレクションしていこうと思います。
本日は親切、丁寧にご対応頂きありがとう御座いました。
また、良い商品がありましたらお世話になると思いますので、その時もよろしくお願いします。
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秋田県在住 K・Mさん(本人の了承済み)
この様なご連絡を頂いてお客様にコールポートのファンになって頂けてとても嬉しく思いましたし、なにより心の底から喜んで頂けたみたいで本当に良かったです。
確かにこのコールポートのデミタスカップでコーヒーを飲めたら至福の時間を過ごせそうですね。
ちなみに商品はこちらになります。
と言う訳で本日はそんなコールポートの歴史について詳しくお話していきますね。
コールポートの歴史と歴代バックスタンプのご紹介
コールポート(coalport)社の発祥には諸説ありますが、1795年にイギリスでジョン・ローズ(1772-1841年)
とエドワード・ブレークウェイ(1720-1811年)によって創設されたという説が有力です。
一説によると、コールポートという名前の由来は、コールブルックデールの運河の船から降ろされる石炭(コール)からじゃないか、と言われています。
イングランド、シュロープシャー州コールポートで開業したコールポート社は、卓越した技術力と美的センスを持つ陶磁器メーカーで、ビスクドールやフィギュリン、シンブルの製作でも有名です。
『コールポートの人形 パーティーに出向く女性』
創設者ジョン・ローズは1780年以降、カーフレイ窯のトーマス・ターナーの下で修行をしていました。
シュールズベリーの元市長でもある実業家のエドワード・ブレークウェイというパートナーを見出したのは、彼にとって幸運なことでした。
独立から僅か数年後の1799年、かつて勤めていたカーフレイ窯を買収するまでに発展します。
村で産出される石炭と粘土から作られる陶磁器は、当初、工場で行うのは青の下絵付けと印刷、少量のエナメル塗装に限られていました。
1819年、ナントガーウ窯の経営に行き詰っていたウィリアム・ビリングズレイ(1758,1828年)
と娘婿のサミュエル・ウォーカーを雇い入れます。
ビリングズレイは絵付師のチーフを務め、ウォーカーはナントガーウの技術を用いて、新しい釉薬の配合をコールポートにもたらした可能性があります。
ビュート・シェイプのシンプルなカップは、優秀な職人たちにより優れたデザインと美しい絵付けを施されました。
『コールポートのデミタスカップ&ソーサー』
青色で絵付けのされたウィローパターンやドラゴンパターンの、シノワズリー様式を模倣したディナーセットは、東インド会社が東洋の製品の輸入を中止したことにより需要が高まります。
その一方、コールポートは白磁の販売でも業績を上げています。ナントガーウと同じくコールポートの白磁も、ロンドンの絵付け工房への卸が大きな収入源となっていました。
1820年には、無鉛長石釉を施したフェルスパー磁器が芸術協会で金メダルを受賞しています。
この年からセーブル様式を取り入れ、コールポートは大きく発展することになります。
口の開いたロンドン・シェイプと特徴的なロンドン・ハンドルのカップが盛んに作られました。
1841年のジョン・ローズの逝去後も、世界的に評価が高まっていたコールポートの勢いは衰えず、甥のウィリアム・ピューとウィリアム・フレデリック・ローズによって更なる成長を遂げました。
1845年にはヴィクトリア女王からロシア皇帝ニコライ1世への贈り物として、深いマザランブルーのボーダーを持つ豪華なデザート用の器の製作を依頼されます。
この器は、1851年のロンドン万国博覧会場で、クリスタル・パレスに展示されました。
また、万国博覧会の展示の為に「バリー・ローズ」と呼ばれるピンク色が開発されました。
花の絵柄で有名なウィリアム・クック、エキゾティック・バードの絵柄で知られるジョン・ランドール、天使の絵柄を得意としたロバート・アブラハムらが当時活躍した絵付師たちです。
1875年、ピューの死去によって一旦は経営が傾きますが、1885年、ピーター・ブラッフに買収され、勢いを盛り返します。
この時期には波打つようなスパイラルモールディングの形状の優雅なカップが生産されました。
しかし時代の流れには勝てず、1924年コールドン社に買収され、1926年、ストーク・オン・トレントのコールドン工場に統合されます。
1967年ウェッジウッド社に買収され、そして1986年、ウォーターフォード社とウェッジウッド社の合併に従い、製造終了となります。
現在、コールポートの窯跡はコールポート陶磁器博物館として公開されており、展示されている作品からコールポートの歴史を知ることができます。
コールポートの代表作には「インディアンツリー」「バットウィング」
「ハンティングシーン」などがあります。
『コールポート ハンティングシーン』
ハンティングシーンは現在ウェッジウッド社に買収されたのを機に、ウェッジウッド社が展開している絵付けなので最初にハンティングシーンをイメージするのは、ウェッジウッドの方ではないかと思いますが実はそれはコールポートが先に作っていたデザインだったのですね。
そのデザインの起源なのですが娘がお絵かきをした際に書いた絵が、とても可愛らしくそれをそのまま商品にしたとされています。
そう言われて見ればハンティングシーンだけ他の商品と違い、可愛らしい作品に仕上がっているのもうなずけます。
「インディアンツリー」は1891-1920年にかけてデザインされた、
シノワズリーの木や花が配されたエキゾティックなデザインです。
コールポート インディアンツリーのカップ&ソーサー
「バットウィング」は持ち手がコウモリの翼にそっくりです。
コールポート バットウィングのカップ&ソーサー&ケーキプレート
美しい手描きの花模様が配され金彩が施されたコールポートティーカップには、コバルトブルー、
アップルグリーン、ピンク、ターコイズ、ライラック、イエロー、
ルビーなど豊富なカラーバリエーションがあります。
「ハンティングシーン」は貴族の狐狩りの様子を描いたもので、遊び心のあるユニークなデザインです。
現在ではウェッジウッドのシリーズとして知られています。
他に、ハンドルと足の部分がロープのデザインの「イングランドのバラ」や、
「ストレンジオーキッド」などのシリーズがあります。
人気の高いコールポートのフィギュリンは、美しい手彩色で少女や貴婦人たちの姿を表現しています。
マリーアントワネットやポンパドゥール夫人、ジョゼフィーヌ皇后など歴史上の人物を象ったもの、
「眠れる森の美女」「赤毛のアン」「モル・フランダーズ」など物語のヒロインをモチーフにしたものもあります。
サイン(バックスタンプ)から見る歴史の移り変わり
コールポート社は、その長い歴史のなかで、コールブルックデールのマークや、
セーブルやチェルシーのを真似たものなど、たくさんのマークを使ってきました。
実は1805年より前の、本当に初期の頃、
コールポート社は自社の商品にマークをつけてませんでした。
1805年から1820年までの間もほとんどつけることはなかったと言われています。
ですので、初期のコールブルックデールのマークのついたものはとても貴重なんです。
1810年から1825年頃まで、数少ないマークの付いた陶器には、
青い下絵の具で、地元のコールブルックデールから由来する‘Coalbrookdale’, ‘CD’ or ‘C. Dale’ と記されています。
カラフルで花の模様がついたような派手な製品の中には、剣が交差したマークが付いたものもあったようです。
1815年から1825年まで、いくつかのコールポートの製品には番号が焼き付けられていました。
’2’をもつものが一番多く、’1’と’6’はレアだと言われています。
1820年の6月から1830年まで、有名な王立技芸協会(‘Society of Arts’)というマークが、
コールポートの製品につけられるようになりました。
↑1825年頃の製品。品質向上を意味する’improved’、
王立技芸協会、そして一般的な’2’の番号のついたマーク
1830年から1850年頃まで、コールポートは‘ JOHN ROSE & Co. ‘という当時の社名と、
時には住所を記したマークを数多くの製品につけるようになりました。
例えば、1850年にジョン•ローズがヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に出品した
陶器には‘JOHN ROSE – COALBROOK DALE – 1850’と記されていました。
1850年から1870年には、’J. R. & Co. ‘ や ‘J R & Co’.のように表記されるようになり、
「英国の陶器」という意の‘ English Porcelain ‘.と書かれることもありました。
1845年から1855年頃まで、コールポートは多くのセーブル、またはチェルシーの模造品を作り、
その中にはそれらのマークのコピーが記されたものもあります。
チェルシーのマークのコピーは、金のいかりが少し大きく、
セーブルのマークのコピーには’c’が頭についてるので見分けはつくようです。
1851年頃から1861年までは、特に手をかけて作られた製品には金で「CBD」と記されていました。
1861年から1875年頃までは、「&」マークの付いたものもよく見られました。
1870年から1880年頃までは、食器に描かれた茶色い円の中に、
’ C AD 1750 & AD 1790 ‘ と書かれたマークもよく押されていました。
1875年から1881年頃までには、‘ COALPORT AD 1750 ‘と押されたものが多かったようです。
1881年から1939年頃までには、コールポートは王冠のマークを使うようになりました。
1891年からは’England’の文字が、1920年からは‘ Made In England ‘の文字が入るようになりました。
基本的なコールポート社の王冠マークは、様々な商品から見つけることができます。
1960年頃にはコールポートは王冠のマークに手直しをし、コールブルックデールのマークを再導入しました。
色々なコールポート社のマークをいくつか画像で紹介します。
1870年~1880年頃のマーク
これが一般的な王冠のマークです。
1886年頃のマーク
1891年から1919年のマーク
コールポート 1901年頃のマーク
1891年から1919年頃のマーク。
小売店のマークもついてますね。
これは珍しい文章だけによるマーク。
1960年頃のティターニアマークと呼ばれるもの。
1977年のマーク。マルコムハーネットのコップについていたもの。
◎様々なイギリス製コールポートの作品のご紹介
このキレイなパールブルーとゴールドの組み合わせ。
目にも美しくウキウキした気分にさせてくれますね。
上から見上げると、四葉のクローバーの形をしているんですよ。
この組み合わせ、とってもラッキーなアイテムのような気がしませんか?
この素敵なカップを毎日眺めたり、朝食時にコーヒーを飲んだりすれば
運気もアップしそうです。
コールポート エスプレッソカップ&ソーサー
コールポートの小さな小さなポットです。
エメラルドグリーン系の爽やかなカラーとゴールド、
男女を問わず、この色使いはお好きな方が多いのではないでしょうか。
パステルピンクのテーブルマットをひいて、春のお茶会の真似事でも
したくなるような、そんな妄想を抱かせてくれる美しさです。
コールポート 小さなティーポット
【コールポート専門ショップ 博多マイセン】
では現在では見つけるのが難しくなったコールポートのアンティーク作品を取り揃えております。
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