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ジョージ・ジェンセンの素晴らしき歴代カトラリーとそのモデルのデザイナーたち

 2017/11/16 ジョージジェンセン
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デンマークを代表する高級シルバーウェアメーカー、ジョージ・ジェンセン。
 
その品質と美しさで世界各国のテーブルを彩るジョージ・ジェンセンの輝きは王室も魅了しました。
 
現在では銀細工は目が飛び出るほどの金額ではありませんが、そのリーズナブルな金額から観賞用というよりは多くの家庭の日用品として愛用されていました。
 
(※この文章では社名をジョージ・ジェンセン、創始者の名前はデンマーク語の発音のゲオルグ・イェンセンと表記しています)
 
 

≪ジョージ・ジェンセンの歴史≫

創始者はゲオルグ・イェンセン。
彼は14歳の時に銀細工を学んだのち、18歳の時にアンデルセン金細工ギルドで見習いを終えました。幼いころから入った工芸の世界から更なる芸術表現を求め、ゲオルグはデンマーク王立芸術アカデミーに入学。そこでは彫刻を学び、のちにブランドを支える高いデザイン性の基礎を身につけました。アカデミーを1892年に卒業した後、ゲオルグは早速創作活動を始めます。小さな陶器の工房の評判は良かったものの、陶器だけでは芸術家として身を立てていくことが厳しいと実感し始めました。さらに妻を失うという不幸がゲオルグを襲いました。小さい子供と二人残されたゲオルグは芸術から工芸へ方向転換することを決断します。
 
1901年にゲオルグは小さい頃からなじみのあった銀細工の工房で働き始めます。デザイナーとしての一面を見せ始めたのもちょうどこの頃です。1904年に私財を投げ打ってブランドを立ち上げたゲオルグは当時ヨーロッパで大流行したアール・ヌーヴォー調の作品を発表しました。これが想像以上の大ヒットとなり、コペンハーゲンの本店だけでなくアメリカやヨーロッパ各地に店舗を拡大しました。そして職人としては最高の栄誉である、デンマークとスウェーデンの王室御用達として採用されました。

ゲオルグ・イェンセンがデザインした作品たち:

フクシア(Fuchsia/ 1906
ゲオルグ・イェンセン: フクシア

コンチネンタル(Continental/ 1906

ゲオルグ・イェンセン: コンチネンタル

ローズリリー・オブ・ザ・バレー(Rose-Lily of the Valley/ 1913

ゲオルグ・イェンセン: ローズリリー・オブ・ザ・バレー

ビーデッド(Beaded/ 1916
ゲオルグ・イェンセン:ビーデッド

ロープ(Rope/ 1916
ゲオルグ・イェンセン:ロープ
ブロッサム(Blossom/ 1919

ゲオルグ・イェンセン:ブロッサム

ヴァイキング(Viking/ 1927

ゲオルグ・イェンセン:ヴァイキング

 

ジョージ・ジェンセンの魅力はデザインの多様性です。創始者のゲオルグ自身も新たな表現の追求を積極的に行っていました。デンマークは酪農中心の国家ですが、20世紀に突入した頃には各家庭にシルバーウェアが普及していたほどでした。このように日常に溶け込んでいました。そこで創立者のゲオルグ・イェンセンは日用品としての機能性と自身が幼い頃から追求した芸術性の両方が存在する見事な作品を作り上げたのでした。

 
ビジネスを始めたタイミングはゲオルグ・イェンセンにとって良い追い風となりました。大量生産が盛んになりつつあった時代にシルバーウェアも工場で量産されるようになりました。結果安価で提供できるようになったものの、芸術性が欠けてしました。この時代の流れの中発生した運動がイギリスのアーツ&クラフト運動であり、フランスのアール・ヌーヴォーでした。ゲオルグの目指したものとこの懐古主義の動きは見事に合致し、コペンハーゲンから彼の作品は広まっていったのでした。
 
ヨーロッパに広まった彼の作品はドイツやオーストリアでは「ゲオルグ・イェンセン・スタイル」と呼ばれました。
 
品のある輝きを放つジョージ・ジェンセンのシルバーウェアは今でもたくさんの人に愛されています。
 
 

 

≪ジョージ・ジェンセンを支えたデザイナーたち≫

 
 
ジークフリート・ワーグナー Siegfried Wagner

ダリア(Dahlia/ 1912
ジークフリード・ワーグナー:ダリア

1874年生まれ。
「北欧らしさ」を全面に表現したダリアをデザインしたワーグナーは長年ジョージ・ジェンセンでデザイナーとして作品を生み出してきました。彼の作品は彫刻のような芸術性があり、その美しさは当時から称賛されました。

 

ヨハン・ロード Johan Rohde
エコーン(Acorn/ 1915
ヨハン・ロード:エコーン
アカンサス(Acanthus/ 1917
ヨハン・ロード:アカンサス
スクロール(Scroll/ 1927
ヨハン・ロード:スクロール

ルーン(Rune/ 1937
ヨハン・ロード:ルーン

1856年生まれ。ロードはデザイナーだけでなく、画家、グラフィックアーティスト、そして評論家など多彩な人物でした。裕福な家庭の出身で自ら希望した美術の世界に進みました。1880年代後半。ロードはすでに名の知れた画家として才能を開花させ、デンマークやドイツでの展覧会にも作品を出品していました。ロードはデンマーク王立アカデミーで教鞭を取り、伝統に縛られない自由な芸術表現をリードしようと活動しました。画家でもあったロードの作品にはセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンやロートレックなどの影響があったと言われています。

ロードは展覧会の準備をしている中ゲオルグ・イェンセンと出会います。二人のコラボレーションは見事マッチして大成功をおさめ、のちにロードはジョージ・ジェンセンのデザインを手掛けるようになりました。初期のデザインはほとんどこの二人によるものです。ゲオルグはイギリスで流行ったアーツ&クラフト運動を踏襲していたのに対して、ロードのデザインはフォルムや線の美しさを強調したものが多く、これがジョージ・ジェンセンの多種多様なスタイルの原点ともなっています。また、この二人のコラボレーションを見て、斬新なアイディアを持つデザイナーやアーティストがどんどんゲオルグの元を訪ねたともいわれています。

ロードが手掛けた中でも最も人気が高いのがどんぐりからアイディアを得た
エーコン(Acorn)です

 
 
ハラルド・ニールセン Harald Nielsen
ピラミッド(Pyramid/ 1926

ハロルド・ニールセン:ピラミッド

アガベ(Agave/ 1937
ハラルド・ニールセン:アガベ

オールド・デニッシュ(Old Danish)
ハラルド・ニールセン:オールド・デニッシュ

1892年生まれ。
ハラルド・ニールセンは元々画家でした。ゲオルグ・イェンセンの三番目の妻ヨハンナの弟だったニールセンは義理の兄であるゲオルグの影響でデザイナーとしての道を歩み始めます。1954年には工房を仕切る立場にまで成長し数多くの作品を生み出してきました。

ゲオルグの家族でもあったニールセンは献身的にジョージ・ジェンセンのブランドを支え続けました。彼のスタイルは同じく画家出身だったヨハン・ロードに似ていたと言われています。二人とも線やフォルムの美しさを追求したデザインが特徴的です。

また、ニールセンは芸術家気質であるロードとゲオルグの通訳者のような立場になり、ロードのラフ画の説明をゲオルグにしていたと言われています。1935年にゲオルグが亡くなってから、義理の兄のブランドをさらに発展させるべく積極的に新たなアイディアを取り込んだり、新人デザイナーを起用しました。現在のジョージ・ジェンセンのデザインを作り上げた人物の一人であると言っても過言ではないでしょう。

 
 
ティアス・エックホフ(Tias Eckhoff

サイプレス(Cypress/ 1953
ティアス・エックホフ:サイプレス

1926年生まれ。

エックホフはフラットウェアのデザインを多く生み出し、中でもサイプレスは愛好家が多い作品です。ノルウェーアーツ&クラフトの専門学校を卒業したエックホフは才能豊かな人物で数多くの賞を受賞した経歴があります。

2007年6月20日に産業デザインでのキャリアと功績を称えられ、栄誉ある聖オーラブ勲章が与えられました。

 
 
へニング・コッペル(Henning Koppel

カラベル(Caravel/ 1957
へニング・コッペル:カラベル

1917年生まれ。
コペンハーゲン出身のコッペルは27歳の時にジョージ・ジェンセンに入りました。ユダヤ人のコッペルはドイツ軍がデンマークに侵攻して来た際、国を去りのちに帰国したという波乱の人生を送っています。

コッペルはデンマーク王立アカデミーとパリのアカデミーランソンでドローイングや彫刻を学びました。銀細工を始めた当初からコッペルの作品は抽象的で彫刻的要素があり、それは今までのジョージ・ジェンセンにはない新しいデザインでした。

初期の作品は他のデザイナーたちのように花や自然をモチーフにしたものが多かったものの、40代後半に入ると彼の作品には彫刻の要素がふんだんに盛り込まれた作品を発表するようになります。

1957年にコッペルはカラベルを発表。このデザインはモダンデザインの中でも最もハンサムで美しいと称えられているものです。ちなみにこのカラベルの由来はスカンジナビア航空が所有していたフランスのジェット機カラヴェル(Caravelle)から来ています。

 

マグヌス・ステファンセン(Magnus Stephensen

アルゴ(Argo/ 1961
マグヌス・ステファンセン:アルゴ

1903年生まれ。
ステファンセンは建築分野出身のデザイナーでデンマーク王立アカデミーでも建築を専攻しました。1931年には自身の建築スタジオを設立しました。のちに彼は建物とその建物の中で使われる様々な用品のデザインも手掛けるようになります。その才能は実に豊かでジョージ・ジェンセン以外ではカイ・ボイスンで陶器を、ロイヤル・コペンハーゲンではポットやお皿などのデザインを行いました。(余談ですが、カイ・ボイスンはのちにゲオルグ・イェンセンの最初の弟子であり、師匠と共にデンマークの銀細工師の重要人物となりました)

ステファンセンの作品の特徴は形式という枠にとらわれない自由なフォルムです。彼はヨーロッパで流行ったジャポニズムに影響を受けたのではないかともいわれています。ステファンセンの日本贔屓は有名で、後に”Brugsting Fra Japan” (直訳すると「日本からの便利なものたち」)という本も書いているのです。

 
 
リーグモル・アンデルセン/ アネリーゼ・ビョルナー(Rigmor Andersen/ Annelise Bjorner

マルグレーテ(Margrethe/ 1966
アンデルセン ビョルナー:マルグレーテ

リグモール・アンデルセンは1903年生まれ。
デンマーク王立アカデミーで学んだ後、デンマーク人建築家であるカレ・クリント(Kaare Klint)の元で働いていました。家具のデザイナーであったアンデルセンは1944年以降、母校である王立アカデミーの教壇に立ち続け、優秀な職人たちを育てました。

マルグレーテのデザインにアンデルセンと共に名を連ねるのがアネリーゼ・ビョルナーです。
ビョルナーは1932年生まれ。
アンデルセン同様王立アカデミーの建築専攻でした。1962年からリグモール・アンデルセンとコラボを始めたビョルナーは1968年にマルグレーテが評価され、アンデルセンと共に優秀なデザインに贈られるエッカースバーグメダルを受賞しました。

 

グンドルフ・アルバータス Gundolph Albertus

カクタス(Cactus/ 1930
グンドルフ・アルバータス:カクタス

ビタースウィート (Bittersweet)/ 1940
グンドルフ・アルバータス:ビタースウィート

1887年生まれ。
アルバータスは40年にわたりジョージ・ジェンセンのデザイナーとしてその才能を発揮し続けた人物です。1926年から1954年かけては所属している職人の腕や作品の品質を向上させる重要な役割を担っていました。

彼の職人としての人生は1905年に始まりました。のちにミュンヘンやパリで銀細工を学んだアルバータスはデンマークに帰国後、王立ロイヤルアカデミーで彫刻を学んだ後ジョージ・ジェンセンに加わりました。

アルバータスはのちにゲオルグの妻、ヨハンナの姉妹と結婚し義理の兄弟となります。

数あるアルバータスのデザインのなかでも断トツの人気を誇るのがサボテンからインスピレーションを受けたカクタスです。その他にもカップやボウル、お皿やトレーなどでもこのカクタスを彷彿させる洗練されたデザインが特徴の作品を残しています。

デンマークを代表するデザイナーであるアルバータスは1925年のパリ万国博覧会で金賞を受賞しました。

 
 
O.グランドルフ・ペダーセン(O. Gundlach-Pedersen
パラレル (Parallel) / 1931
グランドルフ・ペダーセン:パラレル

ノルディック(Nordic/ 1937
グランドルフ・ペダーセン:ノルディック

1886年生まれ。
オーデンセ出身のグランドルフ・ペダーセンは王立アカデミーで彫刻を学んだ後、国内の重要建築物のデザインをいくつか手掛けたことでも知られています。彼の初期の作品は新古典主義やバロック主義に影響を受けている部分があります。しかし1922年からはシンプルさを追求したデザインを行うようになります。

彼がジョージ・ジェンセンに加わったのは1911年。これまで影響を受けてきた芸術の違いからか、ゲオルグ本人とはセンスの食い違いもありました。伝統的な北欧らしい自然描写を行ったペダーセンはノルディックを発表しました。

また、ペダーセンは会社外の活動としてデンマークの産業デザインの委員会の会長を務めたり、家具のデザインを手掛けるなど幅広い分野で活躍しました。

 
 
Ibジャスト・アンデルセン(Ib Just Andersen

アカディア(Acadia/ 1934
ジャスト・アンデルセン:アカディア

1884年生まれ。
グリーンランド出身のIBジャスト・アンデルセンはジェンス・モラー・イェンセンの元で美術を学んだ後、ジョージ・ジェンセンに加わりました。ジョージ・ジェンセンでの作品でアンデルセンならではの表現といえば新古典的な北欧デザインを日用品に盛り込んでいるところと言えるでしょう。

 
 
シグヴァルド・ベルナドッテ(Sigvaard Bernadotte

ベルナドッテ(Bernadotte/ 1939
シグヴァルド・ベルナドッテ:ベルナドッテ

1907年生まれ。
ベルナドッテはスウェーデンの王、グスタブ・アドルフ六世の息子であり、デンマーク女王イングリッドの夫である人物です。ベルナドッテは若い頃俳優を志望していましたが、祖父と父に反対され、美術史を学ぶようになります。勉強をしていく中でベルナドッテはスタイリッシュで美しいデザインへの興味が出てきたため、日用品でないもののデザイン性を極めようとしました。

23歳のときにジョージ・ジェンセンに入りデザイナーとして力を発揮します。彼のデザインはそれまでのブランドにはまったく存在しないものでした。彼はモダンスウェーデンのデザインと伝統的なデンマークの銀細工デザインを融合したのでした。彼のエレガントなデザインは幾何学的な要素があるのが特徴です。

ベルナドッテはジョージ・ジェンセンを離れた後もデザインを続けました。1950年には建築家のアクトン・ビョーンと一緒にベルナドッテ&ビョーンインダストリアルデザインを設立。電卓から冷蔵庫まで、あらゆる日用品のデザインを手掛けました。

王室出身のベルナドッテでしたが、彼のデザインの才能は実に高く、今では北欧の産業デザインを語る上でかならず名前のあがる重要人物となっています。

 

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