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マイセン人形のご紹介~誕生までのお話を添えて~

 2016/07/06 マイセン
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本日もご覧いただきありがとう御座います♫♫

 

アンティーク食器専門通販取扱店

博多アンティーク店長の加寿美です(*^^*)

 

 

 

 

 

マイセン人形誕生までのお話

 

なぜ白くて美しい陶磁器で人形が作られるようになったのでしょうか

 

 

あなたも疑問に思われたことがあるかもしれません。

 

 

本日は、マイセン人形誕生までのお話からご紹介します。

 

中心の舞台は18世紀のドイツです

当時、ヨーロッパの王侯貴族を中心に、中国などアジアからもたらされた陶磁器はとても人気があり、「白い黄金」と呼ばれるほど高価なものでした。

 

 

時代をさらに遡ると、陶磁器がヨーロッパに最初に伝来したのは14世紀以前で、ヨーロッパの国々の模倣の試みは15世紀頃から行われていました。

 

 

意外に思われるかもしれませんが、当時のヨーロッパの人々はこれらの陶磁器をアジアから輸入するだけで、まだ素材や製法さえも知らなかったのです

 

 

そこで、陶磁器が大きな利益をもたらすという理由もあって、ヨーロッパの国々は、どうにかして製法を発見して、自国でも生産できないかと試行錯誤を重ねていきます。

 

 

実は中国の陶磁器は、カオリンという鉱物を含む素地を高温で焼成して作る硬質磁器でした。

これこそヨーロッパが求めていたものでした。

 

 

ヨーロッパの国々では最初に、カオリンを含まない素地を低温で焼成して作る軟質磁器の作成に成功しました。

 

 

ヨーロッパで一番最初に作られた軟質磁器は、16世紀の中頃のイタリアのメディチ・ポーセレンでした。

 

 

17世紀に登場したフランスのルーアン陶器も軟質磁器として有名です。

 

 

 

 

 

 

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メディチ・ポーセレン

 

そしてついに、18世紀のドイツで硬質磁器の作成に成功するのですが、これがマイセンの始まりです。

 

 

ポーランド国王のアウグスト2世は、自身も陶磁器の熱心なコレクターであり、陶磁器の作成を実現させるのが夢でした。

 

 

ちなみにこの王様は、怪力の持ち主であったことから”強健王”というあだ名をつけられています。

 

 

 

 

 

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アウグスト2世

 

アウグスト2世は、ドイツ人錬金術師のヨハン・フリードリッヒ・ベトガー(Johann Friedrich Böttger 1682- 1719)に、白い陶磁器を再現するよう命じます。

 

 

以前から白い陶磁器の製法を研究していたドイツ人の物理学者・化学者であるエーレンフリート・ヴァルター・フォン・チルンハウスの監督のもと、共同研究が行われたとも言われています。

 

 

1707年頃の初期には、ベドガーのレッドストーンウェアと呼ばれる茶色~赤褐色の磁器が作られました。1708年、徐々に白磁器に近いものが生成され始めました。

 

 

1709年、素材の比率や焼成方法などが解明され、ついに透明に輝く白磁器の製法が確立しました!

 

 

 

 

 

 

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チルンハウス博士

 

 

 

 

 

 

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錬金術師ベトガー

 

 

 

 

 

 

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レッドストーンウェア

 

アウグスト2世は、ザクセン選帝侯としてはフリードリヒ・アウグスト1世であったので、現在ドイツのザクセンは管轄の土地でした。

 

 

1710年に、国王は、ザクセンの都市マイセンにあるエルベ川沿いにあるアルブレヒト城を磁器工房にしました。

 

 

ゴシック様式のお城が工房になって、ここにマイセンが誕生しました!

 

 

アルブレヒト城に幽閉されていたベトガーは、かわいそうなことに、1719年に若くして亡くなってしまいました。

 

 

しかし、彼の亡き後にも王のマイセン磁器への熱意は続き、新たな芸術家たちが雇われました。

 

 

マイセン人形の成立に特に大きな影響を与えたとされるのは、絵付け師のヨハン・グレゴリウス・ヘロルト( Johann Gregorius Hoeroldt 1696-1775 )成型師のヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(Johann Joachim Kandler 1706~1775 )の2人です。

 

 

 

 

 

 

CIS:C.351A-1918

 

ヘロルトの絵付け

 

 

 

 

 

 

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ケンドラーの彫刻作品

 

ヘロルトは、中国風の絵付けなどを参考にしながら、ヨーロッパ風の磁器の絵付けを発展させ、マイセンの絵付けの基本的なスタイルを築きました。

 

 

ケンドラーは、当時流行した芸術様式のロココ調に影響を受け、今のマイセン人形に見られるような優美な人形の制作を推進しました。

 

 

ドレスデンの王の居城にある”日本宮殿”には、ケンドラーのデザインした多くの人形が飾られるようになりました。

 

 

ゴシック調のデザインを好んだアウグスト2世が1733年に没すると、ケンドラーによってマイセン人形にはロココ調のデザインの影響がさらに大きくなったと言われています。

 

 

その後、マイセンは国際的なブランドとして発展を遂げ、現在でも数々の芸術家たちがマイセン人形の制作に関わっています。

 

 

マイセン人形が誕生するまでに、長い年月と努力が重ねられてきたのですね♥♥

 

 

ヨーロッパの人々のアジアの陶磁器に対する憧れ、陶磁器に並々ならぬ情熱を傾けたポーランド国王、錬金術師、それから才能溢れる芸術家の存在なくしては、マイセン人形は生まれていなかったことでしょう。

 

 

そう考えると、ロマンを感じませんか

 

 

また、貴族的なデザインが多いのも、1つ1つ芸術作品として制作されていることにも、ちゃんと歴史的な理由があったのです

 

 

 

 
続いて2点の商品をご紹介させていただきます。

 

 
1930年代製 チェロを弾く音楽家の人形

 

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音楽家が腰掛けながらチェロを弾いているデザインの人形です。

 

 

ゴールドカラーで縁取られた円型のロココ調デザインの台座となっています。

 

 

全長12.7cmの可愛らしい小型サイズです

 

 

台座の裏に、青い双剣のマイセンのマークと、107/5と思われるモデル番号がございます。

 

 

全体としてはとても良い保存状態ですが、チェロの上あたりに欠けがございます。

他にはひびや割れ目などはございません。

 

 

音楽を表現することの楽しさや躍動感が伝わってくるような作品ですね

 

 

小さな花の絵付けの入った色とりどりの服も、細かな部分まで美しいデザインです。

 

 

金色のボタン、フリル袖についたリボン、靴の上の金色の花など、チャームポイントが沢山あって見飽きないですね♥♥

 

 

置いておくだけで、部屋の雰囲気を明るくしてくれそうな作品ではないでしょうか

 

 

18世紀のヨーロッパでロココ調が流行した時代、貴族男性の服装は、この人形のような感じでした。現代のファッションから考えると、ゴージャスで少し可愛らしい感じがしますね。

 

 

男性も、フリルの装飾、キュロット、タイツ、優雅な幅広の帽子などをファッションとして身にまとっていたのですね。

 

 

もっとも、男性で花柄の模様は当時でも珍しかったかもしれませんが…。

 

 

花柄は、歴史的なファッションを忠実に再現したというより、繊細な絵付けを得意とするマイセンの職人によるデザインかと思います。

 

 

フランス革命を推進した無産市民の一派は、キュロットをはく貴族と対比して、サン・キュロット(キュロットをはいていない人々というフランス語)と呼ばれたのも、有名なお話です。

 

 

 

 

 

 

1880年代製 花で覆われた二輪戦車に乗る

アフロディテとキューピッドの人形

 

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とても完成度が高くて美しいマイセン人形です

 

 

19世紀後半には、不和のリンゴの実を手に持ちながら貝の二輪馬車に乗るヴィーナスの女神と、それを追うキューピッドと2羽のハトのデザインで、一群の作品が創られました。

 

 

この作品の最初のモデルは、先ほどもご紹介した、マイセン工場で型師として活躍したヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(1706~1775年)によって1755年にデザインされました。

 

 

不和のリンゴは、ギリシャ神話の「パリスの審判」に登場するモチーフです。

 

 

神々の結婚式に自分だけ招待されなくて腹を立てた、争いの女神エリス。

 

 

エリスは、「最も美しい方へ」と書いた黄金のリンゴを、結婚式に参加していた3人の女神、ヘラ、アテナ、アフロディテに向かって投げました。

 

 

ご三方ともプライドの高い女神ですから、さあ大変です

争いが始まってしまいます。

 

 

ゼウスは自分で判断をすることなく、トロイアの王子のパリスに審判を任せてしまいます。

 

 

パリスに気に入られようと、3人の女神は自分の得意とするご褒美を約束して、審判を有利に進めようとしました。

つまりは賄賂ですね。

 

 

最終的に、「最も美しい人間の女を与える」と約束したアフロディテが勝利を収めます。

 

 

ただ、「最も美しい人間の女」とは、すでにスパルタの王妃となっていたヘレネーでしたので、これがトロイア戦争の引き金となってしまいました

 

 

機嫌を悪くしたヘラとアテナは、スパルタに味方します。

 

 

クールな響きのある「パリスの審判」というタイトルなのですが、パリスとしては、女神たちの争いに巻き込まれて大変だったのですね

 

 

作品のアフロディテが乗っているのは、古代ギリシャ・ローマ時代のチャリオットという二輪戦車です。

 

 

パリスの審判で勝利を収めて、意気揚々としている女神の姿が表現されているようです。

迫力と躍動感もありますね

 

 

アフロディテが海から誕生する神話の場面は、ルネサンスの画家サンドロ・ボッティチェッリをはじめ、数々の芸術家によって「ヴィーナスの誕生」として表現されてきました。

 

 

貝に乗っている姿がよく見られますが、このマイセン人形の戦車も貝のデザインで、大変美しいですね。

 

 

ハトや薔薇は、アフロディテに縁の深いアイテムで、この作品にも入っていますね

 

 

サイズは、高さ17cm×全長16.5cm×幅14cmで、重さは0.95kgございます。

 

 

台座の裏に、青い双剣のマイセンのマークと、2260のモデル番号、その他の工場のマークがございます。

 

 

天使から2羽のハトにつながれたリボンは壊れてしまっていて、車輪の1つの中心に小さな割れ目がある他は、とても素晴らしい保存状態です。

 

 

マイセン人形は、陶磁器なので年代の古いアンティーク品ほど、完全な状態で保存されているのは難しくなってしまいますが、それを優に上回る芸術性や美しさが魅力かと思います。

 

 

 

 

 

 

本日はいかがでしたでしょうか

 

 

これからもマイセン人形の魅力を少しずつお伝えできればと思います

 

 

 

 

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