ロイヤルクラウンダービーの歴史を紹介します!


本日もご覧いただきありがとう御座います♫♫

 

アンティーク食器専門通販取扱店

博多アンティーク店長の加寿美です(*^^*)

 

 

 

 

 

ここではロイヤルクラウンダービーの歴史を紹介したいと思います♪

 

 

 

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ロイヤルクラウンダービー磁器会社は、

イングランドのダービーシャーに本社を置く老舗陶磁器メーカーです。

 

 

 

現在300人ほどの従業員が働いており、

イングランドのダービー市のオスマストンロードに面した4.5エーカーの敷地では

高品質なボーンチャイナの製造しています。

 

 

 

ここからは、まず経営者ごとに歴史を見て行きましょう🎵

 

 


ウィリアム・デューズベリー
Ⅰ世・Ⅱ世

 

創業者はアンドリュー・プランシェで、1700年代始めにユグノーの宗教弾圧によってフランスから移民してきました。

 

 

正確な日付はわかりませんが、1750年には創業していたようです。

とても歴史のある会社なんですね(*^^*)

 

 

イングランドに定住したプランシェは、ウィリアム・デューズベリーという裕福なイギリス人商人と共にダービーで陶磁器工場を始めます。

 

 

ダービーはダーウェント川とトレント川に隣接しており、材料の運搬や製品の出荷にとても利便性の良い場所でした✨

 

 

それに加えて当時ダービーはシルク貿易が盛んで芸術家が集まっている地域でもあったそうです!

 

 

 

 

 

1770年
チェルシー陶工所を買収

 

チェルシー陶工所の買収は、既に高い評価を受けていた

ダービーの名をさらに高めることとなりました。

 

 

ンドンのチェルシーとダービー両方の工房で

製作が行われていた時代をチェルシー・ダービーと呼びます。

 

そのチェルシー・ダービーの磁器像や食器が、

ヨーロッパ中で人気が出るにつれて、非常に高い技術を持つ陶芸家がダービーに集まって来るようになりました🌟

 

 

 

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リチャード・アスキューとジェームズ・バンフォードは磁器像の絵付け

 

ザカライア・ボーマンとジョン・ブルワーが風景、静物、田園風景の絵付け

 

ウィリアム・ビリングズリーとウィリアム・ペグが複雑な花模様のデザインと絵付けを得意としました。

 

 

 

デザインチームのすばらしい働きのおかげでダービー社はデザイン、品質、技術において一流の評価を確立したのです👏

 

 

 

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1775年
ジョージⅢ世からお墨付きをいただく

1775年にデューズベリーの努力が実り、

当時の王であるジョージⅢ世から王室お墨付きの陶磁器メーカーに指定されました✨

 

 

その時に王室のお墨付きの印として「王冠」を描くことを許されたため、ダービー社はクラウン・ダービーという名前で知られるようになりました。

 

 

その後1786年にデューズベリが亡くなると息子のウィリアム・デューズベリーⅡ世が経営に乗り出します。

 

デューズベリーⅡ世は、幼い頃から陶磁器事業を学んだとても良い経営者だったと言われており、数多くの釉薬が成形型を開発したことでも知られています。

 

 

残念なことに彼は1797年に34歳の若さで他界します。

 

 

 

 

 

マイケル・キーン

その後会社は、マイケル・キーンの手に渡り、ダービー社の名声は転落して行きます。

 

 

またそれと共に優秀な職人もダービーを去って行きました。

 

 

 

 

 

ウィリアム・ブルア

1811年に経営の再建をするため、ウィリアム・ブルアが経営者となりました。

 

 

とても有能な経営者だったようです。

彼の美的センスも評価を得ています。

 

 

その例として、彼の指揮の元始まった

日本の伊万里様式を取り入れたデザインなど、豪華な色付けと優雅な様式を発達させました。

 

 

複雑な幾何学模様に様々な花を重ねる伊万里模様を製作するために新たに職人が雇われ、ダービー社は活気を取り戻したのです。

 

 

 

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オスマントンロード

 

1877年、会社は刷新され新しい経営者の手に渡ります。

 

 

そして、ダービーのオスマントンロードに新工場が建ち、ダービー社の近代期が始まります。

 

 

ビクトリア朝時代を通して、ダービー社の絵文様は人気を博しました。

 

 

 

1890年にダービー社は「王室御用達の陶磁器メーカー」としてヴィクトリア女王より「王室御用達許可証」を賜りました🌟

そして会社名も「ロイヤルクラウンダービー」となったのです🎵

 

 

 

 

 

現在のロイヤルクラウンダービー 

 

現在、ロイヤルクラウンダービー磁器会社はS.ピアソン・アンド・サンによって買収され、イングランド陶磁器グループ連合に一員となっています。

 

 

1981年に販売開始したペーパーウェイトと、伊万里模様の陶器は現在でも製造しています。

 

 

 

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ここからはダービー社の製品に焦点を当てて歴史を見て行きます!

 

 
ロイヤルクラウンダービー製品の歩み

 

 

ダービー社製陶器の特徴は、陶器の底部に釉薬がかかっていない部分が3つあることだそうです👀

 

 

初期のダービー社製品は、イギリスで作られた陶器の中でも最も素晴らしい作品と言われています。

 

 

初期のダービー製品は、底の縁がいつびつな形をしています。

 

 

1770年代
ダービー社は素焼き用の型の使用を開始しました。

 

デューズベリーは初め社外の装飾専門家でしたが、1756年に責任者となりマイセン公認のイミテーションを製造していたようです。

 

ダービー社はこの時期、風景に小さく人物を描いたインク道具入れ、ポプリ用の花瓶や塩入れを多く作っていたそうです。

 

 
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デューズベリーは

1770年にチェルシー製陶所を

1775年にボウ製陶所を買収しました。

 

 

 

1784年にチェルシー工房が閉鎖されるまでの製品は、チェルシー・ダービーとして知られています。

 

 

製品の展開はとても目覚ましく、骨灰を使った丈夫な陶磁器も作られました。

 

 

そしてマイセン陶器に影響を受けた、新古典主義的な装飾や緋色やターコイズなどの色彩豊かなセーブル陶磁器の製造が始まりました。

 

 

 

1770年代
日本の伊万里に影響を受けた日本的な模様の陶磁器が製造され、
以来2世紀に渡ってダービー陶器の代名詞となりました。

 

 

 

この時期に活躍した職人は

トーマス・スティール

ザカライア・ボアマン

ウィリアム・クエーカー・ペグ

ウィリアム・ビリングズリ✨

 

 

 

美しい花や果物そしてダービーの風景を描きました🎵

 

 

 

19世紀初頭ダービー社では、ボーンチャイナが軟磁器に取って代わられました。

また1811年からは低価格製品へ製造をシフトし、品質も下落してしまいました。

そして1848年に工房閉鎖となります。

 

 

 

その後1876年にクラウン・ダービー磁器会社が組織され、装飾的で華やかなボーンチャイナを製造するようになりました✨

 

 

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いかがでしたでしょうか?

 

 

 

紆余曲折ある中、常に品質の向上保全のため工夫が施されていたことが良くわかりましたね✨

 

 

 

ぜひ、商品を選ぶ際の参考にされてくださいませ❗️

 

 

 

 


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