ドーム兄弟を知らずに貴方はガラス工芸を語れない


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ドーム兄弟専門通販取扱店

ドーム兄弟ショップ店長の加寿美です。

 

 

今回はドーム兄弟の歴史について、ご紹介していきたいと思います。

アントナンドームの写真

ドーム兄弟(Daum Nancy)の歴史

 

ドーム家は 1871 年、ドイツ政府から逃れるため、

アルザスからナンシーへ移り住みました。

 

 

ドーム兄弟のお父さんであるジャン・ドームは

元々は公証人でしたが、ナンシーの実業家たちと出会い、

1875 年より「Verrerie Sainte-Catherine(ヴェルリー・サント-カトリーヌ)」 という

ガラス工場を始めます。

 

伝統的な食器を主に制作していたそうですが、

その後も、1878 年に「Verrerie de Nancy(ヴェルリー・ナンシー)」 という

会社の事業を引き継ぎ大忙し。

 

とても忙しくなったお父さんを助けるために、 長男のオーギュストが法律の勉強を切り上げて

1879 年からガラス工芸を手伝い始めます。


 

 

またジャンが亡くなった後、1887 年に弟のアントナンも事業に参戦。

 

オーギュストとアントナンのドーム兄弟の歴史がここから始まります。

 

ドーム兄弟の作った葡萄の装飾のピッチャー

ドーム兄弟のマーケティングから販売までの役割分担

 

お兄さんのオーギュスト・ドームは経理やマーケティングを担い、

弟のアントナン・ドームは生産工程の責任者となりました。

 

会社の経営を軌道に乗せていった彼らですが、

それと同時にガラス工芸の技術もどんどん高めていったのです。

 

1894 年まで、ナンシー唯一のガラス工場でしたが、

その年にエミール・ガレもガラス工場を設立しました。

 

エミール・ガレは世界的にも有名で 「École de Nancy(ナンシー学校)」という、

アール・ヌーヴォーの 華麗で熟練した芸術家たちが集まる学校の名誉会長となった芸術家です。

 

エミール・ガレはナンシー学校のシンボルであり、中核でもある存在でした👀

 

その素晴らしは、1889 年のパリ万国博覧会にて ガラス作品で金賞、

陶器作品で金賞、家具作品で銀賞を収めるほど。

 

若きアントナン・ドームもガレの素晴らしい功績から

多大な影響を受けることになります。

 

ドーム兄弟の風景図ランプ

1891 年頃、アントナンは差し迫るルネッサンスの波をうけて、

新たに会社に美術部門を設けて会社を時代にあわせました。

 

工房も徐々に人が増えて行き、生産も成長していきます。

 

中でも成長に貢献したのは「Ecole de Sèvres(セーヴル学校)」出身の

ジャック・グルーバー、チャールズ・シュナイダー、アンリ・ベルゲ そして、

アマリック・ウォルターの若き陶芸家たちでした!

 

彼らは 1906 年には「Pâte de verre(ガラス鋳造)」の技術を提案し、

100 点の作品がウォルターやベルゲからドームとして世に出されました。

ドーム兄弟のトンボの装飾の花瓶

彼らはアール・ヌーヴォーのスタイルで作品を作り上げました。

 

ドームのガラス工場が世の中の注目を集めたのは

1900 年のパリの展覧会にて、グランプリを獲得した時です。

世の中が彼らをエミール・ガレと同じ地位にあると認めた瞬間でした。



この時代に彼らはまた、優れた作品を多く作り上げます。

 

日々の制作の中で彼らが培った様々な技術、

多層技術 … 2 層、3 層、時にはさらに層を重ねて

応用技術 … 熱い状態や、冷めている状態

色付け技術 … 全体的にまたは粉末で

模様付け技術 … 塗装、エナメル、成形、酸エッチング、ホイール、カット

 

などが挙げられ、

シンプルな作品にも丹精込めて作り上げたそうです。

 

ドーム兄弟の功績はエミール・ガレにも認められ、

なんと!アントナン・ドームは

1901 年ナンシー学校設立の際に教頭の地位を求めらるれ程でした。

ドーム兄弟の花柄の花瓶

アントナンは電機を使った応用技術に興味を示し、

1898 年には電球を 2 個使い、ガラスフードと細身の脚で出来た

素晴らしいテーブルランプを考案したのです。

 

これはカメオガラスの層による、色彩照明が特徴的で、

1900 年のパリ万国博覧会にて夢に見た、グランプリを獲得したのです。

 

1900 年の後、ドームのガラス工場は 300 人以上の従業員に増え上がりました。

 

また、ヴェルリー・ナンシーはガラス工芸界において技術革命を先導しました。

 

粉末、酸、エナメル、フッ化水素などでの色付け等、

当時のドーム工房は、画期的な技術案で満載でした。

 

ドーム兄弟は他のデザイナーや工場にためらうことなく質問し、

中でもルイ・マジョレル、エドガーブラント、シャペル といった、

芸術家たちにデザインについて 積極的に聞きに行っていたそうです 。

ドーム兄弟のブロンズランプ

 

第一次世界大戦の間、ドームは美術部門を閉鎖しました・・・

 

戦時中、主に医療関係のグラスを生産していましたが、

美術品はオーギュストの息子のポールが引き継ぎ、アールデコ調の作品を制作しました。

 

そして、彼の管理下にて「Le Normandie(ル・ノルマンディー)」という

定期船でガラス作品を提供していたのです👀

 

第一次世界大戦終了後、ドーム兄弟は未来の事を考え、

アールデコ調の技術を取り入れた部門を設立します。

 

ルネ・ラリック、サビーノといった芸術家から ガラス成形技術を取り入れ、

たちまち成功を収めてしまうのです。

 

ドーム兄弟は手作りのガラス工芸を続けるため、

ナンシー近郊のクロワマールに 「Verreries de Belle-Etoile

(ヴァレリー・ド・ベレトワール)」 を設立しました。

 

そこではガラス成形品といった違ったタイプの製品が作られていました。

 

最後の技術として、天才的な芸術家、 ピエール・アヴェスンのもとを訪れます。

彼は 14 歳の時にルネ・ラリックのもとで働き、 1926 年から独立していました。

 

彼はガラス成形で優れた技術を持ち、 ドームでガラス成形品の美術監督となります。

 

その後、ドームはナンシーにて、アール・ヌーヴォーに

今度はアート・デコを提案していきます♩



その後ポール・ドームによって制作された、 幾何学的形状と、色彩の新しい作品は、

1925 年装飾芸術のパリ国際展覧会で賞を獲得してしまうのです!☝️✨

ドームナンシーの幾何学模様の花瓶

ドームナンシーのアールデコスタイルの花瓶

ポールはその後、残念なことに、戦時中に命を落としてしまいます…。

 

しかし、その後もジャン・ドームの後継者たちの手によって

ガラス製品は生産されていきました。

 

第二次世界大戦後、ヘンリ・ドームとミッシェル・ドームによって

クリスタルを使った洗練された形状の芸術が作りだされました。

 

1960 年代後半より、世界的にも有名な サルバトール・ダリやセザール、

最近では、ヒルトン・マック・コニコやガールスト&ボネッティ、

さらにはクリスチャン・ピエといった ガラス鋳造家たちより制作委託を受けています。

 

これらの歴史の中で、ドームガラス工場の最も特筆するべき点は、

まさにその長期にわたる高い評価と、その長い歴史だと思います。

 

一世紀以上にも渡って、ガラス芸術界にて高い評価を受け続けてきた。

それは、 いつの時代も常に最新のトレンドを 取り入れてきた姿勢なのではないでしょうか?

 

そして、日々継続して技術を磨いてきた事も、会社の強みとなり、

いつの時代も素晴らしい製品を 世に生み出していった所以となったに違いありません。

 

時代とともに変化していく彼ら作品を

是非、楽しんでいただければと思います。

 

 

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「今年こそ、ドーム兄弟の花瓶を購入したい‼️

でもなあぁ💦 通販で商品を購入するのって

ちょっと 不安だし〜💦

う〜ん💦? イメージと違かったらどうしよう〜(*_*)💦」

 

こんな不安って皆さんにもあると思うんです☝️

 

私はこんな不安がありながらも、

でも通販って便利だし 辞められないんですよねぇ・・・

 

私も初めてのネットショップで購入する時は

『ちゃんと届くのかなぁ』 と心配になります!

 

貴方のそんな気持ちとっても分かります👀💓

 

そんな貴方にも

安心して楽しくお買いものをしていただきたい!!

 

その想いから、

当店では 安心の交換・返品保証サービスを

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