イギリスアンティーク食器とフランスアンティーク食器の歴史


本日もご覧いただきありがとう御座います♫♫

マイセン(meissen)通販取扱店

マイセンショップ店長の加寿美です(*^^*)

今日は、もっとフランスアンティークや、イギリスアンティークについて知っていただきたい!!!

ということで・・・

写真付きでわかりやすくご案内していきます♩

 

【ヨーロッパ磁器は東洋への憧れから始まりました】

今では日本でも大人気のフランスアンティークですが、
17世紀のヨーロッパでは、中国や日本の磁器への憧れはたいへん強いものだったようです(^^)
王侯貴族たちは磁器への憧れからか東洋の磁器を膨大な数になるほど、集めたんです。
現在でもベルリンのシャルロッテンブルク宮殿にその面影が残っています💓
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porzellankabinett

ヨーロッパの磁器の始まりはマイセンにより、1710年頃とされています。

それから、イギリスを除くヨーロッパ大陸の磁器工場は王制のもとに発展していきました♩
特に、小さな国が集まっていたドイツではそれぞれの国が競い合い、王立の磁器工場を運営していたそうです。
ザクセンのマイセンでは、アウグスト二世(ポーランドの国王1697‐1733年)の特命をうけた
錬金術師のベットガーが、試行錯誤の結果、ヨーロッパで初めての磁器の製作に成功し、
王のもと発展を遂げていきました(^^)

 

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左:アグウスト2世
右:錬金術師ベット・ガー
ケンドラーという彫刻家が製作した磁器の人形の数々や、
ヘロルトという絵付け師の創作したシノワズリのさまざまな図柄は、人々に好評で
マイセン窯は不動の地位に登りつめていきました。
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左:ケンドラーとJ. F. Eberlein1737-1741によってモデル化キャンディーボウルとニンフ
右:ヘロルト-シノワズリー、1726年マイセンKumme。

19世紀には王侯貴族だけではなく、富裕な市民層に親しまれる、

ヨーロッパ随一の知名度と規模を誇る磁器メーカーへと発展していきました(*^^*)
こういった歴史をみてみると、フランスアンティーク、マイセンが人気なのが一層わかりますね♩

 

【フランスの磁器】

フランスではルイ王朝、特にポンパドール夫人の出資を受け、セーブル窯が発達していきました。

 

18世紀後半ではヨーロッパの磁器の製作の流行起源となり、常に活動を続け現在に至っています♩

 

銅板エナメルの技法の中でリモージュが知られ始め、個人資本の磁器工場がいくつか誕生しました。

 

その中でも有名なのが、アビランドリモージュ、プーヤットリモージュなどです(*^^*)

 

【民間からイギリスの磁器製作が始まりました】

ヨーロッパの国々とは違い、イギリス磁器の製作は個人資本の窯で始まり、
独自的な発展を遂げました。

陶磁器とは、土や石の粉を練り固め焼いた陶器や磁器の総称です。

日本やヨーロッパでは、陶土とよばれる粘土から作られるものを陶器、長石や石英を含む陶石の粉と

カオリンを主原料とする磁土を混ぜて成形するものを磁器と呼び、軟質磁器と硬質磁器に分かれます。

ウェッジウッドジャスパーのカップ&ソーサー

軟質磁器は1200度前後の低温で焼成でき透光性に優れます。

ボーン・チャイナも軟質磁器に含まれます。

硬質磁器はそれ以上の温度で焼かれたものです。

一方、中国では焼成温度1000度以上の釉薬のかかったものを磁器、

無釉や焼成温度1000度以下の焼物を陶器と呼んでいます。

ウェッジウッドのカップ&ソーサー
ヨーロッパで作られた最初の磁器は1574年頃、トスカーナ大公フランチェスコ㈵世・デ・メディチの命により、
フィレンツェのピッティ宮殿で研究されていたメディチ磁器です。

石灰泥、白泥土、フリット(ガラス質)を混ぜ、鉛釉をかけた軟質磁器でした。

しかしメディチ磁器は1587年、大公の死と共に姿を消します。
ドイツでは中世末期から作られていた鉛釉のハフナー陶器に代わって、ソーダ釉のライン器があらわれ、

イタリアなどではマヨリカ焼きに端を発した錫釉陶器のファイアンス陶器が、

デルフト焼きの流行により発展します。

 

17世紀の大航海時代、ヨーロッパに東洋の磁器が輸入され始めると、その純白の素地や多彩な絵付けは

王侯貴族の憧れとなり、中国の青磁や日本の伊万里や柿右衛門が、時に金と同じくらいの価値で取引されました。
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ザクセン大公フリードリヒ・アウグスト2世は錬金術師ベドガーに白磁製成の研究を命じ、
1708年とうとうそれは完成します。1710年、工房はマイセンに移され、マイセン窯が誕生しました。
イギリスで初めて磁器が作られたのはドイツに遅れること30年程、1740年代のことでした。
ガラス質の軟質磁器がチェルシー窯で作られます。
白磁に浮き彫りを施した、彫像や壺など豪華な作品を生み出しましたが、1769年ダービー窯に吸収されます。
1749年にロンドンに設立されたボウ窯は、骨灰を混ぜた軟質磁器の製法と、銅版転写方式の絵付けの技法を開発します。

同じ頃設立されたブリストル窯は、素地にソープストーンを混入した

ステアタイト製法を編み出し注目を集めました。

後のロイヤル・ウースターです。

1770年にブリストルに移転してきたプリマス窯は、英国初となる純硬質磁器を製作します。

この特許は後にニューホール窯に売却されますが、やがて廃れてしまいました。

 

陶磁器の町として知られるスタッフォードシャー州ストーク・オン・トレントには、

ウェッジウッド、スポード、ロイヤル・ドルトン、ミントンなど多くの名窯が集結しています。

水と良質の土、燃料となる石炭を産出する為、製陶に絶好の条件が揃っていた為です。

「英国陶工の父」と呼ばれるジョサイア・ウェッジウッドにより1759年に
ストーク・オン・トレントに設立されたウェッジウッドは、ロイヤル・ドルトンと並ぶ
イギリス最大規模の陶器メーカーで、本社工場内のビジターセンターでは伝統的製法を間近で見ることができます。
1770年創業のスポードは1800年頃、粘土に動物の骨灰を三分の一以上混ぜたボーン・チャイナ製法を実用化します。

白く透き通り強度にも優れたボーン・チャイナは、イギリス陶磁器の発展になくてはならないものとなりました。

18世紀後半、富裕な市民がこぞって、ウースター(のちのロイヤルウースター)や
ダービー(のちのロイヤルクラウンダービー)、ミントン、コールポート、コープランドなどの
民窯で続々と製作される色とりどりの個性豊かな磁器の虜になっていきました。

 

ロイヤルウースターはイギリス第一の名窯で、現在に至るまで高い品質と人気を保ち続けています(^^)


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